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小川が猪木と戦う!親友・橋本の夢俺が… 

橋本さんの写真を手に感慨深げな小川直也
 小川直也(39=小川道場)が、故橋本真也さんの三回忌の命日となった11日、「打倒アントニオ猪木」を誓った。神奈川・茅ケ崎市の小川道場で、猪木に初対決を訴えることを宣言。すでに引退した猪木を、再びリングに引きずり出すとした。6月29日のIGF旗揚げ戦には、ライバルであり親友でもあった橋本さんの入場曲「爆勝宣言」を用いて参戦。橋本さんも果たせなかった猪木戦実現へ、無念の思いを継いで、共通の師匠に体当たりしていく決意だ。
 小川の目は本気だった。三回忌を迎えた橋本さんの写真を眺めながら、猪木戦直訴を決意した。「オレは猪木さんの遺伝子を継いでいると思っている。猪木さんには『オレは引退した』なんて常識的なことを言ってほしくない。リングで戦うべき」と力説。常々、弟子として非常識で豪快な言動を求められた。それだけにプロレス業界を盛り上げるには、64歳猪木の現役復帰という“非常識”しかないと考えた。それは無二の親友だった橋本さんの遺志でもあった。
 橋本さん追悼を銘打った興行は、昨年まで各団体で別々に開催されたが、今年はハッスルでしか行われない。小川は「なぜ手を取り合うことができないのか。それがプロレスを駄目にしている」と嘆いた。同時に各団体に多大な影響力を持つ人物は、猪木しかいないと再確認。引きずり出しに動くことを決めた。
 小川も橋本さんも、猪木の弟子として新日本マットでデビューした。特に橋本さんは猪木にあこがれて入門。だが1度もシングル対決が実現せず、脳幹出血で亡くなった。生前は「時代の悲しい巡り合わせ」と無念の思いを語っていた。だからこそ小川は、猪木が立ち上げたIGFの旗揚げ戦は「爆勝宣言」で入場。「オレの心の中で生き続けている。彼が生きていたら、同じようにIGFに出場し、猪木さんに対戦を直訴したはず。IGFでは今後も爆勝宣言で入場する」。橋本さんのために、猪木戦を実現させる。
 小川の格闘家人生の節目には必ず橋本さんがいた。97年4月12日のデビュー戦から00年4月まで、新日本マットで通算5度シングル戦で対決。その後はOH砲として名コンビを結成し、04年には2人が中心となってハッスルを旗揚げした。当初はライバルだったが、戦いを通じて親友へと変わった。同様に師匠猪木との初対決で、プロレス界にとっても、デビュー10周年を迎えた自身にとっても、新境地を切り開けると確信する。「暴走王」の愛称を持つ小川が、レスラー人生最大の暴走を開始した。
[ 2007/07/12 12:12 ] プロレス・ハッスル | TB(0) | CM(0)
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